西方世界史

古代

古代、ものの名前もなかったこの大陸は、数多の民族と文化が芽吹き、輝く時代を築いていた。この時代は具体的な年代が記録されていないが、異なる文化や信仰が乱れることなく共存し、各地で独自の進化を遂げていった。先古代の終焉を迎える頃、人々の努力により初めての都市国家や集落が形成され始める。これらの先進的な地域は、遠方の東の地とも微かながら交流を果たしていた。この期間は、先古代の知恵と技術の蓄積が古代の繁栄を支える基盤となった。

東方との交流

古代の終わり頃、大陸の東方との交流が記録されている。これらの交流は、貿易や文化の交換を目的としたものではなく、知識や技術を共有するためのものであったとされる。東方の文化や技術が大陸に持ち込まれることで、新たな技術の発展や文化の変革が生まれた。古代の大陸人は、東方の知恵を受け入れることで、自らの文化や技術を更に高めていったのである。

崇願期 (1年 - 317年)

崇願期は、大陸の歴史において最も衝撃的な出来事、超巨大爆発エヴァリナの出現が起こった時代である。この出来事は大陸の歴史記録の開始となり、爆発の年を紀元とする慣習が定着した。爆発の原因は未だに不明であるが、それに伴い現れたエヴァリナは、大陸の人々の生活を一変させることとなった。

畏き者たちの出現

崇願期には、畏き者たちが大陸各地に出現し、人々の生活や文化、信仰に深い影響を与えた。これらの畏き者たちとの関係を築くための新しい宗教や信仰が形成され、徐々に強大な国家が出現していった。この時代は、エヴァリナや畏き者たちとの関係をどのように築いていくかが、各地の文化や信仰の中心となっていた。

エヴァリナ学の体系化

畏き者たちの出現やエヴァリナの影響を受け、超常の研究が進められるようになった。多くの研究者や賢者たちがこの新たな現象を研究し、それをもとにエヴァリナ学として体系化した。エヴァリナ学は、この大陸の科学や技術の発展において重要な役割を果たしており、多くの発見や進歩がこの学問を通じて行われていった。

東方との交流の激減

崇願期には、超巨大爆発と畏き者たちやエヴァリナの影響を受けて、東方との交流が激減した。この時期の大陸は、外部との関係よりも内部の問題や変革に注力していたため、東方との交流は次第に薄れていった。これにより、大陸の文化や技術は独自の方向へと進化していった。

一統期 (317年 - 584年)

一統期は大陸の歴史において、国家間の争いや取引がピークを迎え、畏き者たちや恩寵を巡る情勢が一層激化した時代である。この激動の中心には、ヴェランドという一人の英雄と、彼が築いたシャロヴィアという国が存在していた。

英雄ヴェランドと畏き者エストラヴィン

317年、大陸は畏き者エストラヴィンの暴走により多くの地域が混乱に陥っていた。この混乱を終結させるため、ヴェランドは数々の戦闘を繰り広げ、ついにはエストラヴィンを人類で初めて滅ぼすという偉業を成し遂げた。この勝利はヴェランドの名を大陸中に轟かせ、彼のリーダーシップの下でシャロヴィアが建国されることとなった。

シャロヴィアの興隆

シャロヴィアは西半分の大部分を領土としており、ヴェランドの統治の下で急速に繁栄を遂げていった。畏き者との関係を重視し、その力を活用して国家を強固にしていったヴェランドの方針により、シャロヴィアは他国との争いが激減し、一時は大陸の平和の象徴ともなった。

「ヴァント」信仰の成立

一統期を通じて、畏き者や恩寵、エヴァリナとの関係が常に重要視されていた。その結果、これらの超常的存在と王権を統合した新たな信仰体系「ヴァント」が成立した。ヴァントはシャロヴィアを中心に広がり、多くの地域で信仰されるようになった。この信仰体系は、畏き者や恩寵の力を正しく理解し、利用するための指南役となり、一統期の文化や政治に深く影響を与えた。

シャロヴィアの内部動向と瓦解

シャロヴィアは一統期を通じて繁栄を遂げたが、その栄光も永遠ではなかった。国内の深刻な対立が原因で内部分裂が起こり、それが瓦解と滅亡へと繋がっていった。

内部闘争の激化

一統期の終わり頃、シャロヴィアの内部では畏き者や恩寵を巡る利権争いや権力闘争が激化していった。中でも、畏き者との関係をどのように取り扱うかが大きな対立点となった。有力な貴族や官僚たちは畏き者との関係を強化し、その力をもって自らの権力を拡大しようと試みた。

分離独立と内戦

シャロヴィアの領土が広大であったことから、地域ごとの利益や畏き者との関係が異なるため、分離独立を望む動きが広がった。これにより、シャロヴィアは複数の国家や地域勢力に分裂し、それぞれが畏き者との関係を背景に争奪戦を繰り広げることとなった。この内戦は数十年にわたり続き、大陸全体が混乱の渦中に巻き込まれていった。

シャロヴィアの瓦解と滅亡

内戦が長引く中、シャロヴィアの統一的な権威は次第に失われ、最終的には瓦解してしまった。831年、外部の畏き者の侵攻を受けたことを契機に、シャロヴィアは名実ともに滅亡した。

一統期間の影響

シャロヴィアの瓦解後も、その影響は大陸全体に色濃く残った。畏き者との関係を正しく理解し、利用するための知識や技術は、シャロヴィアのもたらした文化の遺産として後世に伝えられていった。多くの国家や地域が、シャロヴィアの経験を参考に畏き者との関係を築き上げ、その力を活用することで新たな繁栄を追求した。

群王期(589 - 881年)

群王期に入ると、大陸は再び多くの国家や勢力による群雄割拠の状態に陥った。シャロヴィアの滅亡後、その広大な領土は無数の小国家や地域勢力によって分割され、それぞれが自らの利益と生存を最優先に考えるようになった。各地の王侯貴族は畏き者との関係を背景に互いに力を競い、紛争が頻発した。

この期間は離合集散が常態化していた。ある瞬間は同盟を結び、次の瞬間は裏切り合い、その裏切りを受けた勢力が他の勢力を乗っ取るという、不安定で予測不可能な状況が続いた。多くの王や貴族が理想と現実のギャップに悩みながらも、そのギャップを埋めようと新たな理論や信仰、戦術を発展させた。

畏き者と群王たち

理想と現実の狭間で、特に顕著だったのは畏き者との関係である。畏き者は依然として人々に多大な影響力を持ち、その力が善にも悪にも使われることがあった。王侯貴族たちは、畏き者に対して恐れや畏敬を持つ一方で、その力を利用して政治的な優位を築こうとした。しかし、畏き者との接触が増えるにつれて、その怒りや慈愛も更に明確となり、人々はその感情の影響を直接的に受けるようになった。

畏き者が怒ればその地域は天変地異や厄災に見舞われ、慈愛をもって接すれば繁栄と安定がもたらされた。このように、畏き者の感情が人々の運命に大きな影響を与えたため、どのように畏き者との関係を保つかが政治的な成功を左右する重要な要素となった。

結果として、この群王期は多くの優れた指導者や戦士、学者を生み出す一方で、無数の英雄や悲劇、奇跡と悲劇が同時に発生した多極的な時代となった。それぞれの勢力が独自の方法で繁栄を追求する過程で、畏き者との新しい形の関係や、高度な文明、科学技術が次第に発展していった。しかし、その全ては常に一触即発の緊張と危機が伴い、誰もが次に何が起きるのかを予測することができない不安定な世界で展開された。それが群王期の混乱と発展、そしてこの時代の矛盾と魅力を形作る要素となっていた。

英雄たちの時代

群王期の混乱と多極性は、一方で数多くの英雄たちに輝ける舞台を提供した。以下はその中で特に影響力を持った人物たちである。

一人目はラスティリュスであり、彼は短期間で多くの地域を制覇し、畏き者との新たな「誓約」を確立した。独自の哲学と高い戦術的洞察に基づき、彼の指導の下、部族国家ヴェリュームは一時代を風靡した。彼が築いた誓約は後の世代にも多大な影響を与え、彼自身は事実上の聖者として広く尊敬された。

続いて注目すべきは女性戦士ザレナ。彼女は畏き者との直接的な対話を重視し、その結果として多くの畏き者が人々に対して慈愛を持つようになった。ザレナはまた、多くの戦場で輝かしい武勇を発揮し、女性でありながら多くの男性勢力を圧倒した。

最も印象的なのはおそらくオリュナンである。彼はかつてシャロヴィアの貴族でありながら、内戦と瓦解の最中で独立勢力を築き上げた。彼の理論「世界の調和」は多くの人々に希望を与え、多種多様な文化や勢力が共存する新しい時代の到来を予感させた。オリュナン自身は非常に長い生涯を送り、その死後も彼の理論と業績は広く研究され、尊敬され続けた。

これらの英雄たちは、群王期の不安定な状況下でそれぞれ異なる方法で繁栄と安定を築き上げた。そして、その功績は後の世代に多大な影響を与え、新たな文化や信仰、技術の発展を促した。彼らは混沌とした時代背景の中で、人々に希望と方向性を与える存在となり、その名は永遠に歴史のページに刻まれ続けるであろう。

七国期(882 - 1127年現在)

七国期の到来は、長い歴史の中で得られた多くの教訓と、群王期の激動からくる疲弊感によってもたらされた。882年に開始されたこの時代は、大陸が七つの主要な国によって分かれた形態を取ることで、一応の安定を迎えた。西方では繁栄が続き、東方との戦乱も一時的な混乱とされたが、それでもなお大陸全体の安定感は以前よりも高まった。

七つの国々は、シャロヴィアの遺産に強く影響されながらも、それぞれ独自の文化と信仰、そして畏き者との関係を築き上げた。フェリュードは商業と科学に力を入れ、セクリューシアは強固な中央集権と畏き者との誓約を確立。アクティリュムは芸術と哲学に傾倒し、ヴァリュンドは戦術と戦略に優れた軍事国家となった。リュミリアは信仰と修行を重んじ、オレンディアは多文化主義と多様性を受け入れ、ゴリュエンは法と秩序による社会を構築した。

各国はまた、恩寵の利用方法においても独自の方針を採り、これがしばしば競争となって外交や戦争に影響を与えた。恩寵の力を利用した技術革新や文化発展は目覚ましく、特に西方の国々ではその恩恵を最も享受している。

七国は時には衝突し、それぞれの理念や利益を巡って戦いを繰り広げるが、その全てはある種の均衡を保ちつつ、大陸全体の安定と発展を促している。それはまさに、シャロヴィアの遺産と群王期の教訓が融合し、新たな歴史の舞台が開かれた証である。この七国期がいかなる結末を迎えるのか、その先に何が待ち受けているのかは未知であるが、それぞれの国が築き上げた文化と信仰、そして畏き者との関係性は、この大陸の未来を形作る重要な要素となるであろう。