エルナリュクト

地底を統べる畏き者

エルナリュクトは、鉱脈と地下資源を司る畏き者である。その存在は地下深くに潜み、その動きは地震となって地上に伝わる。鉱山都市アヴィスティアの繁栄と没落を左右する、畏怖と崇拝の対象である。

姿と伝説

鉱夫たちは暗闇の中で聞こえる低い唸り声や、坑道を揺るがす震動に、その存在を感じ取る。エルナリュクトは幾多の美しい結晶で彩られた巨大な姿をしているという。アヴィスティアの民間伝承には、エルナリュクトの姿に関する様々な描写が残されている。ある伝説では、その体は最も硬質な鉱石で覆われ、目は貴石のように輝いているとされる。また別の伝承では、エルナリュクトの体内に広大な洞窟があり、そこには世界中の鉱物の原型が保管されているという。

これらの伝説の真偽は定かではないが、エルナリュクトの存在を示す痕跡は随所に見られる。特に、アヴィスティア北部の廃鉱では、巨大な爪痕のような跡が壁面に刻まれており、エルナリュクトの通過を物語っているとされる。

恩寵「鉱脈の啓示」

エルナリュクトの恩寵「鉱脈の啓示」は、アヴィスティアの鉱山貴族たちが最も渇望するものの一つである。新たな鉱山の開拓時、最初に掘り出した鉱石を地中に埋め戻すという儀式を行うことで、この恩寵を得ることができる。その効果は絶大で、豊かな鉱脈の位置が直感的に分かるようになり、採掘の効率が飛躍的に向上するという。

この恩寵を得た者は、地中の鉱脈を「見る」ことができるようになると言われる。彼らの証言によれば、それは地中に流れる光の帯のように見えるという。この能力により、新たな鉱脈の発見が容易になり、また採掘の危険性も大幅に軽減される。

しかし、この恩寵には代償も伴う。「鉱脈の啓示」を得た者の多くは、地上での生活に馴染めなくなり、常に地下へと引き寄せられるようになるという。中には、地下の暗闇に魅入られ、二度と地上に戻ってこない者もいるとされる。

地震と災害

エルナリュクトの恵みは両刃の剣でもある。その気まぐれな動きは、時として壊滅的な地震を引き起こす。アヴィスティアの歴史には、繁栄を極めた鉱山都市が一夜にして地下に飲み込まれた記録が幾つも残されている。

特に有名なのは、崇願期723年に起きた「ルザク大地震」である。当時、アヴィスティア最大の鉱山都市であったミア・ルザクは、この地震によって完全に崩壊し、その大半が地下に沈んだ。生存者の証言によれば、地震の直前、地下から巨大な唸り声が聞こえたという。この災害以降、アヴィスティアの人々はエルナリュクトへの畏怖の念を一層強めることとなった。

このような災害を避けるため、アヴィスティアの鉱夫たちは常にエルナリュクトへの畏怖と敬意を忘れず、地下に潜る際には必ず祈りを捧げる。また、地震の前兆とされる現象(地下水の変化、小動物の異常行動など)を注意深く観察し、災害に備える習慣が根付いている。

信仰と文化

エルナリュクトへの信仰は、アヴィスティアの文化に深く根付いている。鉱山の入り口には必ずエルナリュクトを象った石像が置かれ、採掘の安全と豊穣を祈願する。これらの石像は、多腕の蟻を模した独特の形状をしており、アヴィスティアの芸術様式の一つとして確立している。

アヴィスティアの年中行事「地底の饗宴」は、エルナリュクトへの感謝と来年の豊穣を願う重要な祭典である。この祭りでは、地下から掘り出された鉱石や宝石を地中に返す儀式が行われる。儀式の間、参加者たちは地面に耳を当て、エルナリュクトの鼓動を聞こうとする。伝説によれば、エルナリュクトの鼓動を聞くことができた者には、特別な幸運が訪れるという。

また、アヴィスティアの言語には、エルナリュクトに関連する独特の表現が多く存在する。例えば、「エルナリュクトの目覚め」は地震を、「エルナリュクトの涙」は貴重な宝石を指す婉曲表現として使われる。

鉱山貴族と権力構造

エルナリュクトの存在は、アヴィスティアの社会構造にも大きな影響を与えている。「鉱脈の啓示」の恩寵を得た者は、鉱山開発において圧倒的な優位性を持つため、必然的に富と権力を手に入れることになる。これが、アヴィスティア特有の「鉱山貴族」と呼ばれる支配階級の形成につながっている。

鉱山貴族たちは、エルナリュクトとの関係を権力の源泉として利用する。彼らは自らをエルナリュクトの「選ばれし者」と称し、その権威を利用して一般市民を支配する。一方で、鉱山貴族間での権力争いも熾烈を極める。新たな鉱脈の発見や、より強力な恩寵の獲得を巡って、時には武力衝突にまで発展することもある。

この権力構造は、アヵィスティアの政治体制にも反映されている。国家の最高意思決定機関である「鉱山貴族会議」は、エルナリュクトの恩寵を得た有力貴族たちによって構成されており、ここで国家の重要事項が決定される。

探査と研究

エルナリュクトの実態解明を目指す探査や研究も、絶え間なく行われている。アヴィスティアの首都ミア・ルミオスには、エルナリュクト研究所が設立されており、地震の予知や新たな採掘技術の開発が進められている。

特筆すべきは、崇願期892年に始まった「深淵探査計画」である。これは、地下深くにエルナリュクトの棲処を見出し、直接交信を試みるという野心的な計画だ。しかし、開始から200年以上が経過した現在も、その目的は達成されていない。探査隊の多くは行方不明となり、生還した者も錯乱状態に陥るなど、計画の危険性が指摘されている。

一方で、この計画によって地下深部の未知の生態系や、新種の鉱物資源が発見されるなど、副次的な成果も多く得られている。アヴィスティアの指導者たちは、リスクを認識しつつも、この計画の継続を決定している。